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最高裁判所第一小法廷 平成5年(あ)10号 決定 1994年10月24日

本籍

東京都杉並区天沼三丁目二六番

住居

同 世田谷区上祖師谷一丁目二七番地一 小林和枝方

会社役員

小林泰輔

昭和一二年一二月二六日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、平成四年一一月二五日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立てがあったところ、東京都杉並区長認証の戸籍謄本によれば、被告人は平成六年九月三〇日死亡したことが明白であるから、刑訴法四一四条、四〇四条、三三九条一項四号により、裁判官全員一致の意見で、次のとおり決定する。

主文

本件公訴を棄却する。

(裁判長裁判官 三好達 裁判官 大堀誠一 裁判官 小野幹雄 裁判官 大白勝 裁判官 高橋久子)

平成五年(あ)第一〇号

上告趣意書

被告人 小林泰輔

右の者に対する所得税法違反事件について、上告の趣意は左記のとおりである。

平成五年三月五日

弁護人 島田種次

弁護人 鈴木善和

最高裁判所第一小法廷 御中

原判決は、刑の量定が甚だしく不当であり、破棄しなければ著しく正義に反する。よって、原判決の破棄を求める。

一 原判決は、担保提供の事実を過少評価しており、これは、国税徴収法上の換価の猶予の要件に対する無理解から生じた事実誤認によるものである。

1 弁護人は、原審において、控訴趣意書「三、原判決の不当性 1 担保提供は、租税収入の侵害の回復と同視すべきである。」(一五頁以下)と題して、被告人が、国税徴収法一五一条に基づく換価の猶予の決定を東京国税局長より受けたこと及びこの決定を受けるための法律上の要件を明示し、以て、実質的に考えれば滞納している税金を納付済みと同視できることから、形式的な未納状態を過度に重視すべきではない旨述べている。この点の問題点を強調してきたのは、本件では、税金を納めていない点が一審の審理段階から被告人を実刑にするか執行猶予を付するかについての大きな鍵となって来ていたからである。

ところが、右被告人による担保提供及び東京国税局からの被告人に対する換価の猶予に関する原判決の説示は、次のとおりであった。すなわち、「右の各不動産にはいずれも先順位の抵当権や根抵当権が設定されているので、大蔵省を抵当権者とする抵当権が実行されたとしても、果たして国税債権が回収されるか否かは必ずしも明らかでない上、抵当権を実行して国税債権を回収するまでにはかなりの時間を要するので、右担保の提供をもって租税収入が現実に回復された場合と同視することは到底出来ない筋合である」というものである。

しかしながら、この原判決の説示は、換価の猶予の要件に対する無理解とそれに起因する審理不尽に基づく事実誤認によってなされたものであると言わざるを得ない。

2 国税徴収法一五二条には、「国税通則法第四十六条第四項から第七項まで(納税の猶予の場合の分割納付等)、第四十七条第一項(納税の猶予の通知等)、第四十八条第三項及び第四項(果実等による徴収)並びに第四十九条第一項及び第三項(納税の猶予の取消し)の規定は、前条第一項の規定による換価の猶予について準用する。」と規定されている。そして、右国税徴収法一五二条で準用されている国税通則法第四六条第五項には、「税務署長等は、第二項又は第三項の規定による納税の猶予をする場合には、その猶予に係る金額に担当する担保を徴さなければならない。但し、その猶予に係る税額が五十万円以下である場合又は担保を徴することができない特別の事情がある場合は、この限りではない。」と規定されているのである。

すなわち、換価の猶予には、右のとおり、猶予に係る税額に相当する担保を徴さなければならないとの明示された法律上の要件が存在するのである。従って、被告人が換価の猶予を受けることが出来たということは、国税当局に対し猶予に係る税額に相当する担保を提供したことを意味する、少なくともそう推認されてしかるべきものである。そこで、被告人としても、この換価の猶予を受けたという事実によって、被告人の「納税について誠実な意思を有する」(国税徴収法一五一条一項本文)との事実のみならず滞納税額に相当する担保を提供したとの事実も裁判所において当然に認められるものと理解していたのである。

しかしながら、原判決の説示は、右のとおり、弁護人が原審において担保提供の事実を補強するために事実の取り調べを請求した不動産登記簿謄本三通を調べた結果かとも思われるが、「各不動産にはいずれも先順位の抵当権や根抵当権が設定されているので、大蔵省を抵当権者とする抵当権が実行されたとしても、果たして国税債権が回収されるか否かは必ずしも明らかでない」との説示により、滞納税額に相当する担保提供がなされていない旨の判断となってしまっているのである。しかしながら、国税当局が換価の猶予を行う場合には、提供される担保が猶予に係る金額に相当するものであるのか否かを審査するため先順位の抵当権等があればその残高証明書を提供させたり、賃貸に出している物件であればその分の減額をしたりしてその担保価値を慎重に見積もるものであって、実際にも、被告は、先順位の根抵当権等に関する残高証明書を国税当局に提供しているものである(例えば、極度額三億五〇〇〇万円の根抵当権についての残高は一億八〇〇〇万円であって、これを証するため東京国税局に提出した残高証明書の写しが弁護人の手元にあるので、本趣意書の末尾に添付することにする。)このような手順を踏んで決定を頂戴した換価の猶予であり、法律の規定によっても「特別の事情」がない限り猶予金額に相当する担保提供が必要であることが明らかな事項についての問題であることから、猶予金額に相当する担保提供の事実の認定には何らの疑問を抱きようがない事柄である。従って、仮に、裁判所において担保価値の点に疑問を抱いているのであったなら、その旨示唆して真相を解明することが裁判所の訴訟指揮の在り方として最低限要求されるものであり、このように訴訟指揮として最低限の示唆もなされずに行われた原審は、審理不尽でもあり、その結果、事実を誤認したものとも言わざるを得ないのである。

4 以上のとおり、国税徴収法上の換価の猶予についての明示された要件をよく解せず、その結果、最低限の訴訟指揮をも怠った審理不尽の結果、原判決は「大蔵省を抵当権者とする抵当権が実行されたとしても、果たして国税債権が回収されるか否かは必ずしも明らかでない」と説示して滞納税額に相当する担保提供がなされていない旨の事実誤認を行っているものであるが、この事実誤認は、被告人を実刑に処するか否かの点で重要な事実に関するものであるから、このような事実誤認の下になされた原判決は、破棄しなければ著しく正義に反するものである。

二 原判決は、癌に冒された被告人に対する処遇上の問題を不当に軽視している。

1 被告人は、癌に冒され、平成四年六月八日、胃を全部摘出する手術を受けたこと、その結果、被告人は食欲が低下し、流動食しか口にすることが出来ず、点滴により栄養を補給せざるを得ない状態にあること、右手術前には七五キログラムあった体重も五〇キログラムまでに減少し元気な頃の被告人を知る者には哀れさを感じさせるまでに痩せ衰えてしまっていること、そして更には、胃の全摘手術を受けた後も癌の再発・転移を防ぐために抗癌剤の投与を受けなければならない身体になっていること、被告人の年齢を考えると癌が再発した場合にその進行には早いものがあると想定されること、これらの各事実は、一審判決後に新たに生じた情状として原審での事実の取り調べの結果、明らかになったものである。

2 そこで、弁護人は、被告人の右のような病状を一審判決後の情状として考慮し、執行猶予の判決を付すべきである旨の弁論を原審で行ったものである。しかしながら、原判決のこの点に関する説示は、「被告人は、癌を患い、胃を全部切除し、引き続き抗癌剤の投与を受けるなどして治療中であり、健康が勝れないこと」をも含めて被告人に有利な諸般の情状を十分斟酌しても、一審判決の量刑はやむえ得ないものであるとのことである。

しかしながら、一審判決も、十分な審理を尽くしたうえ、懲役一年六月及び罰金七〇〇〇万円の判決をやむを得ないものとして宣告したものであって、決して、余裕を持って宣告をしたものではない。特に、税金の納付に努力している被告人にも温かい目を注ぎ、ぎりぎりの判断として、一審の判決が言い渡されたことは、被告人自身が身にしみて体験したことであって、被告人自身の気持ちとしては、控訴審までに出来るだけ税金を納めてその審理を受けようと思ったであろうことは、弁護人ならずとも、容易に想像できる事柄である。

このようなぎりぎりの判断の基に下された一審判決に、被告人が癌に冒されたという極めて重い新たな事情が加わったのが原審での審理の最大のキーポイントであったわけであるが、この重い事情を重いものとは考えずに、一審判決後の情状として採るに足らないこととの評価を行ったのが原審の判決である。このことは、癌に冒された者を評して、「健康が勝れない」としか表現できない原判決の言葉に端的に表れているものであって、刑務所に行って、癌が進行し、十分な治療も受けられずに死んで帰ってくることになるかも知れないとの必死の思いで判決を聞いている傍聴席の家族の気持ちも全く考慮しない非情さを原判決には感じざるを得ないのである。

3 弁護人は、原審での弁論を行うにあたって、次の判決から多くを学び、弁論で使わせて貰っている。それは、大阪高裁平成二年七月一三日の判決(税務訴訟資料第一七九号三六二二頁)であり、これは、一審判決後の情状を考慮して、実刑に処した原判決を破棄し、執行猶予が付された事例として紹介されているものであるが、この事案が、一三億六〇八二万円余の法人税を免れた巨額脱税事件であるにもかかわらず、一審の懲役二年の実刑判決が破棄され執行猶予が付された理由は、右判決の理由中の次の部分に表れている。

「現在七二才(大正七年一月一九日生)の老齢にある被告人は、軽度の知的機能低下を中核症状とし、感情障害、意欲障害、行動障害等を周辺症状とする老年痴呆(アルツハイマー型)あるいは、これと脳血管性痴呆との混合型痴呆に罹患し、現に治療中であるところ(平成二年七月一〇日現在)、かりに被告人が拘禁状態に置かれた場合には右周辺症状を急激に悪化させ、重篤なうつ状態または錯乱状態を惹起し、知的機能の低下を招き、痴呆が急激に進行する高度の蓋然性が存し、前記腸管癒着症、変形性足間接症等の身体的疾患も増悪因子として痴呆を進行させる可能性が存するという状況にあることが認められる。もっともこのような事情は、刑事訴訟法四八二条の定めるところにより、刑の執行段階において配慮するのが本来の趣旨であるが、同時に同法二四八条は、検察官が公訴提起の要否を決定するにあたって、犯人の年令、境遇並びに犯罪後の情況等の事情を考慮したうえ公訴を提起しない処分をすることを認めており、この規定の趣旨は、判決にあたって刑の執行を優にすべきか否かを決定するに際しても準拠となり得るものと解するのが相当である。そして本件被告人の場合、判決時において、拘禁が被告人の心身に重大な影響を及ぼす蓋然性が高く、受刑に耐えられないことが容易に推認され、万一受刑することとなれば、これにより将来被告人が社会内において再起する可能性を奪う結果を招来するおそれが極めて強いことが予見されるので、前記の趣旨に基づき、自由刑に執行猶予を附するか否かの判断にあたり一つの情状として考慮することが刑政の理念に適うものというべく、従ってこれらの情状には前記被告人のために酌むべき諸事情とを併せ考慮すると、現時点においては原判決の量刑をそのまま維持することは、刑期の点はともかく、被告人に執行猶予を付さない点において酷に失するに至ったものと認められる。」

勿論、刑事裁判における量刑の問題であるから、本件と右大阪高裁の事案とが同じでないことは当然であるとしても、一審判決後、単に「健康が勝れない」というのではなく重大な病に冒されることになったという控訴審における最重要事項において、両者は共通するものがある。しかしながら、原判決は、原審での事実の取り調べの中心であり弁護人の事実取調後の弁論の中心である被告人の病状について、独立に評価することなく、無視に等しい態度に出ており、これが不当であることは、右大阪高裁の判決と比較すると、より一層明確になるものである。

4 既に述べたとおり、一審判決もそれなりに、その当時存在した被告人に有利な事情を十分考慮してなされたものであって、例えば、本当は、一年八月の懲役でもいいのであるが一年六月の懲役にしたというようないい加減なものではない。従って、そこに、被告人が癌に冒されたという極めて重い事情が加わったのであるから、この新たに加わった重い事情を素直に考慮してなお、一審と同じ量刑になることは在り得ないものであるにもかかわらず、原判決は、この被告人の生死を左右する重い病気を採るに足らないような「健康が勝れない」程度の軽いものとの極めて不当な評価をして、控訴棄却の判決を宣告したものであって、このような癌に冒された被告人の病状についての不当評価の下になされた原判決は、破棄しなければ著しく正義に反するものである。

三 原判決は、株式の譲渡利益にたいする課税制度が改正された意味を正しく理解しているとはいえない。

1 昭和六三年一二月の税制改正後、株式の譲渡所得については、総合課税による累進の所得税を課する税制は放棄されている。このことは、控訴趣意書において詳述しているところであって、この改正が、株式の譲渡利益に対して本件のように累進の総合課税をすることは租税政策上合理的ではないとの国の判断によるものであることは、異論のない点である。このように弁護人は、被告人の本件犯行頃、既に、本件のような形で累進の所得税を課する税制の見直しが行われていたことを考慮するならば、形式的な脱税金額に拘泥することなく、その後間もなく実施されることになった税制改正後の被告人に課せられた税金はいくらであるのかという実質的な面を情状として考慮すべきとの意見を述べてきたつもりであり、このことは控訴趣意書二二頁に「勿論、裁判規範としては、行為時の税法は生きている」と述べていることからも明らかな筈である。

2 しかしながら、この点に関し、原判決は、「改正法は経過規定を設け、本件のような改正前の行為には適用しない旨定めている上、右のような経過規定を設けた趣旨は、裁判時の如何を問わず、同一の法令を適用して正規に納税した者との問に不公平が生じることのないように扱うことを明らかにしたものであるから、本人の本件所得税につき改正法を適用する余地がないのみならず、この点を被告人に有利に斟酌すべきいわれも全く存しない。」(原判決七頁・八頁)との説示を行っている。

3 経過規定があって、改正前の法令が裁判規範として適用されることは、弁護人も認めている。問題は、改正法の点を「被告人に有利に斟酌すべきいわれも全く存しない。」との原判決の説示である。原判決は、経過規定があることが、その根拠であるかのような説示をしているが、経過規定がないならば、いわゆる限時法の理論を適用でもしない限り、本件は査察事件として始めから立件すらされないものであって、そもそも意味のある理由ではない。重要なことは、本件犯行時において、有価証券税制改正の前提となった累進の総合課税をすることは租税政策上合理的ではないという事情が、株式の取引を行う国民一般の意識を反映して存在していたという中になって、株式の取引に伴う租税減免行為がいわばそれほど深い規範意識との衝突もなしに行われていたという現実を背景にした場合、本件のような脱税についても相当程度、違法性の程度が低下していたといえるのではないかという点である。そして、このように違法性の程度が低下していたならば、この点を量刑に当たって考慮すべきは寧ろ当然のことというべきなのである。

4 しからば、原判決は何故改正法の趣旨を「被告人に有利に斟酌すべきいわれも全く存しない。」との説示をしたのであろうか。これは要するに、原判決が、株式の譲渡利益に対する課税制度が改正された意味を正しく理解しているとはいえないからであって、このような本件に適用されるべき税法のおかれていた当時の情況について正しく理解しないでなされたのが原判決であって、ここにも、その不当性が表れているといえるのである。四 以上のとおり、原判決は、本件犯行当時、株式の譲渡利益に対する課税制度が置かれていた情況を理解せず、また国税徴収法上の換価の猶予制度の明示された要件を見落としたが故の事実誤認を行い、加えて、癌に冒された被告人の病状を採るに足らないものであるかのような不当評価を行っているものであって、正しく理解し、正しく認定し、正しく評価するならば、被告人を懲役一年六月の実刑に処することとなる原判決は刑の量定が甚だしく不当であり、破棄しなければ著しく正義に反すること明らかである。よって、原判決の破棄を求めるものである。

残高証明書

<省略>

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